ネット上の「うわさ」「口コミ」と広報の対処術……下

2006年11月09日 19:30

インターネットイメージ世界有数のPR会社のCEOへのインタビュー記事の紹介と、それを元にしたネット上の口コミ宣伝や「炎上」に関する、つれづれなるコラムの下編。

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非常にざっくばらんに、現状での口コミPR(のようなもの、に見えるもの)は次の2通りに分けられるだろう。ある商品に対して、

(1)書き手が本当に好意的に感じ、魂を揺さぶられ、「他人に勧めたい、話したい、語りたい、思いのたけを伝えたい」というもの
(2)何らかの第三者的、あるいはその商品そのものの関係者からの意志により、語られるもの


もちろん実際にはこんなオールオアナッシングではなく、「確かに商品メーカーからソフトを提供されて『好意的に書いてね』とは言われたけど、実際遊んでみたら本当に面白かった!」というのもあるだろう。「仕事だから仕方なく書かざるを得なかったけど、何だか本当に面白そうだな」というものもあるに違いない。どちらに偏りがちかはそれぞれだが、(1)と(2)の中間層に位置するものがほとんどと思われる。太鼓持ち記事などは(2)よりさらに外側にあるのかもしれない。

ところがエデルマン氏が述べているように、こういった「口コミサイト・ブログ」を読んでいる人(あるいは雑誌でも良い)は、書き手の人物像や傾向、心境や考え方に共感を持ち、「この人が良いと言っているのなら」という期待を胸に記事を読み、参考にするわけだ。そしてその期待は当然のことながら、目の前の記事が(1)であることが前提になる。

海外のソニーでの広告における気まずい展開や、日本国内の音楽端末の素人を装った内部関係者による賞賛の内情がばれた後の動向、さらに最近NHKで報じられた「企業お抱えブロガーによる商品口コミ宣伝事業」をきっかけにした関係各員への非難も、このあたりがポイントなのだろう。

つまり反発をしているユーザーとしては

(1)を期待して読んでいたのに、実は(2)だったなんて。私たちの気持ちを裏切ったのね


という心境なわけだ。これなら「バレた時の炎上」における怒りのパワーが大きいのも納得がいく。人は信頼・信用していた人に裏切られた時こそ怒りを感じることはないからだ。まさに伸びきったゴムが反発するかのような勢いになる。

正直、業界と名がつく分野における専門誌のほぼすべては純粋に(1)なものなどありえず、(1)と(2)の中間をふわふわとただよう記事によって成り立っている。バランス感覚で、雑誌全体、あるいは記事単位で、(1)に近づいたり(2)にべったりとくっついたりする。ブログやサイトにしても、自己主張だけをしていたらアクが強すぎて下手すると電波なものばかりになる。それぞれの書き手の頭の中でも常に「脳内会議」が開かれ、バランス調整のもと、記事が構成されていく。

誠実であれ。
さもなくば
希代のペテン師であれ。

だからこそ読み手はある程度割り切って、自分以外の人が発した「情報」を読み解く必要がある。格好をつけるのならメディア・リテラシーという奴だ。また、巨大掲示板2ちゃんねるの管理人であるひろゆき氏が語った有名な言葉「嘘を嘘であると見抜けない人は(掲示板の利用は)難しい」にも相通じるものがあるだろう。

同時に情報発信側は、「誠実であれ。さもなくば希代のペテン師であれ」(本当のことを語れ、それが出来なければ相手をだましきれ=気持ちよくだましてね、あるいは気がつかせないでねという意味)を心にとめておくべきだろう。

端的にまとめると

・ネット上では自分とシンパシーを感じる人への信頼が高まってる
・信頼を置く人への親近感を利用した口コミ広告は有効だがバレた時のリスクも大きい
・反発が大きいのは「裏切られた」と感じるため。感情論なために歯止めが利かない
・書き手の本心を読み取る努力をしなければネット情報の利用は難しいだろう


というあたりになるだろうか。

ゲーム専門誌のライター時代は「自分と同じ想いを持つ人、同じ趣味を持っている人、ついてこい!」的な、自分の個性を出したソフトの紹介や物語りをするコーナーをいくつか持っていただけに、色々複雑な心境でもある。まあ今はスポンサーの意向が云々という話もなく、自分の良心と常識と倫理観(と健康と時間と予算、か)にのみ従えばいいので、気が楽ではあるのだが。(了)


■一連の記事:
【ネット上の「うわさ」「口コミ」と広報の対処術……上】
【ネット上の「うわさ」「口コミ」と広報の対処術……下】

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