世界は「世界金融危機」で日本の経験から何を学び取るのか

2008年11月06日 08:00

株式イメージ「金融工学」という名の学問のもとに作られた金融商品の暴走が生み出した、アメリカ発の金融危機(「金融工学危機」)が世界市場を混乱に陥れている昨今。似たような金融危機を20年ほど前の1990年代前半に味わった日本(の体験)に注目が集まっている。「状況が違う」「あの時とは経済の仕組みは大きく異なっている」などの反対意見も多いが、パターンを注意深くチェックすることで、現時点でも役立つ「経験則」は山ほどあるはず。TIMES ONLINEではSociete Generale(シソエテ・ジェネラル)銀行の資産運用チームの日本担当リーダーであるStephen Harker氏によるコラム【我々は日本の経験から何を学べるのか(What we can learn from the Japanese)】を掲載し、その主張を展開している。

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日本の場合と三つの「危機(Crisis)」

コラムではまず20年前の1990年前半に、土地バブルの崩壊後において、日本が財政危機に伴う株価の軟調相場、長引く景気後退局面に突入したこと、そしてその時に日本の政府当局がどんな対策を講じたかを説明している。当時1989年に19も存在していた大手銀行は今や9つまでに減り、当時の名前を冠しているものは1つのみ※。残りは倒産したか吸収合併を果たしたか、あるいは国有化された。

※原文ではどの銀行か語られていない。「only one still bears the name」、つまり「一つだけ名前を現在の名前の一部に残している」というところから、恐らく「東京三菱銀行」(元は東京銀行と三菱銀行)と思われる。

旧日本長期信用銀行イメージ1990年におちいった「金融危機」から脱するため、大手の銀行ですら再統合と政府による資本増強(公的資金の注入)による「荒療法」が行われた。1995年8月の兵庫銀行の破たんは「戦後初の銀行破たん」として名を知られ(同時に同年1月の「阪神・淡路大震災」の痛手を再び人々の記憶に呼び覚ますこととなった)、その後金融市場の混乱を防ぐために1996年6月には「ペイオフ凍結」(預金の全額保証実施)が実働される。これが「金融信用・銀行そのものの信用性の危機(Banking Crisis)」。

しかしペイオフ凍結ですら、金融危機を止めることはできなかった。それは「信用性の問題(「万一の際に安全だ」と表明するのと、その金融機関が実際に安心だと証明されるのは別問題)」と「現実性の問題(保証されていると宣言されても、自分の預金が納められている銀行が破たんした時のことを想像したら、不信・不安感がよぎることは止めようが無い。主に心理的な問題)」の2点の事由によるものだった。

どの国でも結局「金融危機」のきっかけは「資金調達力不足で、金融機関が保証している換金性に疑問符が投げかけられた時(要は「預けているお金がおろせなくなるかも」)」。日本では1997年~1998年にこれが発生した。二つの証券会社と一つの銀行が行き詰まり(※例の山一證券や日本長期信用銀行)、後に国有化されている(日本長期信用銀行と日本債券信用銀行)。これが「換金性危機(Liquidity Crisis)」。

これら日本の状況と比べて、今回の「金融工学危機」における欧米の状況進行がきわめて速いという意見もあるが、Stephen Harker氏はこれを否定している。いわく、「日本においては1992年から1996年の株価上昇時期の後に破たんが起きている。アメリカの株価が1999~2000年にいったんピークを打った後下落し、2003年から再び上昇を開始したと考えれば、タイムテーブル的には非常に似通った形となる」と説明している(※多少こじつけの感は否めない)。

換金性の問題は実体経済に大きな影響を及ぼし、結果として経済の発展にブレーキをかける。経済そのものは停滞し、家計や企業の借金におけるリスクは拡大する。これが「金融信用・銀行そのものの信用性の危機(Banking Crisis)」「換金性危機(Liquidity Crisis)」に続く第三にして最後のステージ「資本危機(Solvency Crisis)」につながることになる。日本の大手銀行は「換金性危機」からここに到達するまでに5年の月日を費やしている。

金融市場が安定を取り戻すには……日本の事例を元に

銀行事務整理イメージ金融市場が安定を取り戻すには「3つの調整」が必要となる。まず一つは「レバレッジを無理にかけた資産の増殖を抑え、適正化する」こと。現在すでに進行中だが、それで十分というわけではない。住宅価格が再び上昇を迎えるようなバランスがとれるまで、下落を続ける必要があるだろう(ちなみにこの間、日経平均株価は1990~1992年に40%下落してから、2000年までの間に1万5000~2万円のボックス圏を描いている)。

二つ目は「金融機関は貸し倒れを償却し、整理統合した上で財務基盤を再建」すること。その過程で金融機関同士の合併もありうる。日本では2005年の10月に三菱東京UFJ銀行が合併を終えたとき、そのプロセスを終了した。

最後は「実体経済は新しい資金・金融規制の元で調整適応されねばならない」ということ。日本の場合では自動車販売実績や地価、銀行融資、家計の消費水準など、経済を指し示す各指標は、株価同様に1980年の初頭水準に引き戻された。

現在の状況は

現時点で欧米諸国の企業の資金調達度合いは(Stephen Harker氏によれば)40年来の高い水準にある。つまりそれだけ実体経済とかけ離れた「資産の無謀な増殖」が続いていることになる。裏返せば経済はそれくらい長い間「調整」を求めてきたといえよう。

欧米において求められている「調整」は大規模なものであり、日本の事例よりもはるかに時間がかかるという話があるが、そのリスクは否定すべきではない。単純に「調整が必要な増殖分の資産」が大きいだけでなく、調整に必要な有効な手段が存在しても「一度はそれを否定」し、その後で肯定するのではなく、さらに「その有効手段とは別のものとの間で採用について論争を行い、時間を無駄に経過させる」傾向が政治家や調整担当者の間には付きまとうからだ。


Now ah-ごくごく簡単にまとめると次のようになる。

・金融危機のプロセスは「金融信用・銀行そのものの信用性の危機(Banking Crisis)」「換金性危機(Liquidity Crisis)」「資本危機(Solvency Crisis)」を経て沈静化に向かう。
・昨今の金融危機は、実体経済とかけ離れた資産の無謀な増殖の、調整過程によるものである。
・似たようなケースを日本においては1990年代、ほぼ日本国内だけという小さなスケールで対処した経験を持つ。ただしその場合でも10年以上の月日を費やしている。
・解消法は「増殖資産の適正化」「金融機関の財務再建」「実体経済の適正な金融規制のもとでの運用」。ただし、経済そのものは「無謀な増殖でふくらんだ」以前の状態に戻ることを認識しなければならない。
・今回の世界的な金融危機の場合、規模が大きいだけでなく、政治的要因によって「正しい選択肢」が早急に選択されるとはいえず、それが事態解決を遅らせる可能性は十分にある。


最後の件については、アメリカの金融危機救済法案が一度否決された(責任者たる証券銀行の上層部へのペナルティがほとんど無いなど、否決されるだけの理由もあるのだが)ことや、【渡辺金融相曰く「アメリカは日本のバブル崩壊の教訓を活かすことができる」】にもあったように日本の過去の事例について参考にすべきだと指摘したにも関わらず(その当時は)ほとんど無視されたことなどが良い例といえよう。

備えイメージStephen Harker氏の主張が100%正しいという保証はどこにもない。しかし昨今の金融危機を引き起こしたのは、サブプライムローンを組み込んだ金融商品やCDSなどが「過剰な、実体経済とかけ離れた資産増殖」を招き、それが「換金性の問題」を引き起こしているがためであることを考えると、真っ向から否定することは難しい。

今、個人ベースでできることといえば、日本の過去の事例から推測できることを導き出し、将来に備えることくらいだろうか。その点では私たち日本人は一番有利なポジションにいるのかもしれない。もちろん、過去の事例を学び取るだけの謙虚さが必要になるが。

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