原油200ドルの世界

2008年06月04日 19:30

原油イメージ的確な予想と釣り的な世論誘導で名高い証券銀行のゴールドマン・サックス・グループが5月5日に「今後6か月から2年以内に原油が1バレル200ドルになる可能性がある」とする報告書を発表してから(【参考:The Press Association】)、原油価格がより一層注目されるようになった。「100ドルを超えて未だ高値で推移してるのだから、もしかして……」と、ガソリンスタンドの「レギュラー1リットル170円」というパネルを見てため息をつく人も多いことだろう。それに先立つことの5月23日、第一生命経済研究所が「原油1バレル200ドル」が現実のものとなった時の日本が受けるであろう影響について分析レポートを発表していた。詳細はレポートそのものを参照してもらうとして、ここでは簡単にまとめなおしてみることにする(【Economic Trends 原油200ドル/バレルの衝撃、PDF】)。

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今記事で「原油価格」として挙げられているのはWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト(West Texas Intermediate)の先物価格のことを指す。アメリカ南部のテキサス州を中心に産出される原油で、アメリカ国内では産出量の6%、全世界では1%強ほどのボリュームを持つ。硫黄分が少ないためガソリンや石油製品の製造に適した良質の原油といえる(【先物価格ページ、英語】)。記事執筆時点ではスポット価格(1回限りの取引で購入する時の価格)は124ドル前後を推移している。

想定条件は次の通り。

・時期は今年度末(2009年3月末)
・為替レートは1ドル100円で固定
・WTIを①100ドル/バレル ②150ドル/バレル ③200ドル/バレル で試算


原油200ドルなら家計負担は年間74756円

原油が200ドルに達した場合、企業物価、企業向けサービス価格、消費者物価はそれぞれ+2.8%、+0.7%、+1.3%前後押し上げられる。

原油高騰が各物価統計に及ぼす影響
原油高騰が各物価統計に及ぼす影響

先に【灯油+29.2、スパゲッティ+30.2%、即席めん+18.4%……必需品で急騰する物価】でも伝えているように、現状でも食料品や原油依存度が高い商品の値上がりが著しいが、その傾向に拍車がかかることに。中でもインフラなど「生活必需品」に対する負荷が高くなるのが痛い。想定上「原油価格上昇の半分を企業が転化した」ところ、100ドルでは16410円で済むものの150ドルでは45967円、200ドルでは74756円にまで年間あたりの家計負担が増える計算になる。一か月あたりに換算すると6230円。

原油高騰が及ぼす家計の負担増
原油高騰が及ぼす家計の負担増

とりわけエネルギー関連の負担が大きい。負担増分の半分近くが石油製品。そして電力・都市ガスなどで過半数を占めている。

企業半分負担でも
年間7万5000円の支出増。
全部家計が背負ったら
毎月1万2500円出費が増える

しかもこれは「企業が半分を負担した」という想定の場合。仮に企業が原油高によるコスト増をすべて消費者に押し付けたとすれば、この額はすべて2倍になる。つまり年間約15万円、月あたり1万2400円。「そこまで企業はやらないだろう」と思いたいところだが、昨今の一部商品価格の値上げ率を見ると、すべての企業が善意の表面と中身を持っているとは限らないという想定もできうるのが悲しいところ。

企業負担は14.3兆円増

一方企業では石油・石炭製品セクターを中心に、非常に業種によってかなりの違いはあるが、家計同様大きな負担を強いられることになる。原油高騰によるコスト増の半分を価格に転嫁せず、会社内で「我慢する」とすれば、産業界全体では14.3兆円ほどコストが増加する試算となる(200ドル前提)。

原油価格の高騰が及ぼす各部門へのコスト増加額(単位は億円、上位16位のみ)
原油価格の高騰が及ぼす各部門へのコスト増加額(単位は億円、上位16位のみ)

石油・石炭製品はもとより、石油を大いに用いる電機・ガス、化学製品、そして輸送用車両にガソリンが欠かせない運輸など、単独の業種だけでなく一つの業種が他の業種に与える影響を考えると、これらの額も実現度の低いものではないことが実感できる。意外なのは対個人サービスや対事業所サービスなどのサービス業、公務や教育・研究などマンパワーによるところが大きいと思われている部門が「比較的」上位に来ていること。

GDPは0.6~1.0%、企業収益は最大で13.3%押し下げ

ガソリンや灯油、光熱費などのインフラ部分の価格が上昇すれば、当然ながら消費者の購買力・購買意欲は大きく落ち込む。経済にもマイナスの影響を十分に及ぼしうる。さらに経済成長率そのものへの影響は企業収益へのそれと比べてやや遅れて反映される傾向があるので、直近で見れば(仮に2009年3月末に原油価格がピークの200ドルに達した場合)「企業収益は2008年度がマイナスのピーク」「GDP(国内総生産)は2009年がマイナスのピーク」となる可能性が高い。

原油高による経済成長率押し下げ効果
原油高による経済成長率押し下げ効果
原油高による経常利益前年比押し下げ効果
原油高による経常利益前年比押し下げ効果

ちなみに2007年度の日本の経済成長率は実質1.5%。仮に他の条件がまったく同じで1.5%を維持したとしても、2008年度末に200ドルに達した場合、そのうち0.6%分が削られて+0.9%に、2009年はわずかに+0.5%までに経済成長率が落ち込むことになる。


経済・貿易のグローバル化は本来商品価格の適正化と流通の安定化をもたらすはずであった。しかし実体経済だけでなく先物市場など金融市場の投機化促進や、新興国の生産性向上以上の需要増大、環境の変化などで、むしろ原材料の供給不足と価格の高止まり現象を引き起こす要因となっている。特に原油価格や穀物市場ではその傾向が大きい。

一方で「原油ならば需要拡大と生産調整による価格上昇分は現価格の半分弱にすぎない。つまり半分強は先物などの投機筋による釣り上げによるものだ」と指摘する声もある。それを確実に実証する手立てはない。が、同じように供給不足・需要増で大幅に値を上げていた小麦価格が、天井感と「誰がババを引くのか」のごとく利益確定をしているからなのか大幅に値を崩し、今では2月末の最高値から約半分にまで値を落としていることが、その可能性を示唆しているといえる。

シカゴ取引所における昨年後半以降の小麦価格の変移
シカゴ取引所における昨年12月以降の小麦価格の変移(【フジフューチャーズ】から)。2月末に最高値をつけてから急落。
資源価格の急騰は
本当に需要急増だけが
原因なのか。
豊作でも無いのに小麦は
3か月で半分の価格に。
さて、原油は……?

現在の小麦価格は約7.5ドル(1ブッシェルあたり)。これは去年8月前後の水準だ。突然小麦消費国のパンの消費量が半減したり、小麦生産国で大豊作が相次いだという話は耳にしていないので、この数か月での「半落」までの急落は、需要供給云々というより「マネーゲームで持て遊ばれた」可能性が高い。

果たして原油はどうなのか。需給の関係だけで本当に200ドル/バレルまで達するのか。それとも投機筋の市場コントロールで行き得るのか。急速な価格の上昇はニーズの高まりと共に代替品の開発を推し進め、結局その品物自身の供給者の首をしめることにもなりかねない。適切な「神の見えざる手」にちょっかいを出しておいしい所取り、あるいは世界規模の「搾取」をしている者がいたら、そろそろ「おいた」を止めておかないとエラいしっぺ返しを食らうことになると思うのだが、どうだろうか。


(最終更新:2013/08/05)

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